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東京地方裁判所 昭和59年(ワ)1926号 判決 1985年10月25日

原告

工藤啓紀

右訴訟代理人弁護士

近藤彰子

被告

富士典礼株式会社

右代表者代表取締役

山本維俊

右訴訟代理人弁護士

小室貴司

主文

一  被告は、原告に対し、二四四万一一〇二円及びこれに対する昭和五九年三月一七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを三分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、主文第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、九四二万二二〇二円及びこれに対する昭和五九年三月一七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  第一項につき仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

原告は、昭和五六年五月、葬祭業を営む会社である被告に葬祭業務に携わる約束で雇用されたが、左官工、タイル工等の資格を有していたため、主として倉庫の建築及び祭壇の修理等の大工職の仕事を命じられ、これに従事していた。

2  事故の発生

原告は、昭和五七年七月二七日午後五時すぎころ、被告の事業本部のある品川区豊町四丁目三番一七号所在の社屋二階を「茶」の貯蔵のための倉庫に改装する工事に従事し、二階の床から七段目(高さ二七三センチメートル)の胴縁(間柱にわたして横に打ちつける板)に板を渡してその板の上に乗り、右床から九段目の胴縁を打ちつけていたところ、足場の板を乗せていた胴縁が折れて、足場の板と共に二階の床に落下した(右事故を、以下「本件事故」という。)。

3  被告の責任

被告は、使用者として、その雇用する労働者に対し、前記建築作業をさせる場合には十分な設備、器具及び建築資材を整え、転落、負傷等の危険を防止して労働者の生命・健康を守るべき労働契約上の安全配慮義務を負うものであるところ、前記倉庫の高さが三六四センチメートルであるから、少なくとも髙さ二七〇センチメートル位の脚立及び足場専用の幅二五センチメートル位の板等の資材を揃えるなどして安全な足場の設備を完備する等の義務があり、原告は被告に右設備資材の調達を要求していたにも拘わらず、被告は、右の義務を怠り、何らの措置も講じないまま原告に前記作業を命じたため、本件事故が発生したのであるから、被告は、右安全配慮義務に違背した債務不履行責任がある。

4  原告の傷害及び後遺障害

原告は、本件事故により第一腰椎圧迫骨折及び胸部挫傷の傷害を負い、本件事故の日から昭和五七年七月三〇日まで北里研究所付属病院に、同日から同年一〇月二六日まで金町中央病院にそれぞれ入院し、以後昭和五八年九月二日まで同病院に通院して治療を受けた。

原告の症状は、昭和五八年九月二日固定したが、せき柱が変形し、せき柱の屈伸運動に障害を残し重量のある物の持ち上げ運搬や長時間の正坐・胡坐が不能となり、背部痛が存する等の後遺症が残り、品川労働基準監督署長により労働者災害補償保険法施行規則第一四条一項別表第一障害等級第一一級に該当するとの認定を受けた。

5  損害

(一) 通院交通費 八万五八〇〇円

原告は、本件事故により金町中央病院に六六回通院し、合計八万五八〇〇円の費用を支出した。

(二) 休業損害 八三万四八七五円

原告は、本件事故により、昭和五七年七月二八日から昭和五八年七月二七日まで(昭和五八年五月一日、二日、四日及び五日を除く)休業したが、このうち昭和五七年八月一日から昭和五八年七月二七日まで(昭和五八年五月一日、二日、四日及び五日を除く)の休業について賃金の支給を受けられなかつた。

原告の本件事故当時の収入は基礎日額が六六二一円であり、七月及び一二月の賞与は各一八万円であり、被告においては、昭和五七年一〇月二一日以降本給が五〇〇〇円昇給されたから、原告の昭和五七年七月三一日から昭和五八年七月二七日までの間の支払われるべき賃金は二八〇万一八〇二円であるところ、被告から昭和五七年一二月分の賞与として五万円、昭和五八年五月一日、二日、四日及び五日分の賃金として二万六二五五円の支払を受けたほか、労災保険により一八九万〇六七二円の填補を受けたので、原告の休業損害は八三万四八七五円となる。

(三) 逸失利益 四一一万一五二七円

原告は、昭和六年二月一一日生れで前記後遺障害固定時(昭和五八年九月二日)満五二歳であつたから、本件事故により受傷しなければ、満五二歳から六七歳までの一五年間正常に稼働し、その間、本件事故当時の年収である二七七万六六六五円と同額の収入を得られたはずであるところ、右後遺障害により、その労働能力を二〇パーセント喪失したから、右年収を基礎にホフマン式計算法によつて年五分の割合による中間利息を控除して、その逸失利益の現価を算出すると、その合計額は、次の計算式のとおり六〇九万八一一一円になるが、労災保険により一九八万六五八四円の填補を受けたので、原告の逸失利益の残額は四一一万一五二七円となる。

2,776,665×0.2×10.981=6,098,111

(四) 慰謝料 四三九万円

原告の本件傷害は前記4記載の入通院を要した傷害であるから、右傷害の慰謝料としては二〇〇万円が相当であり、また、原告の本件後遺症は、前記4記載の身体障害を残す後遺症であるから、右後遺障害の慰謝料としては二三九万円が相当である。

6  結論

よつて、原告は、被告に対し、本件事故による損害賠償として九四二万二二〇二円及びこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和五九年三月一七日から支払いずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実のうち、被告が葬祭業を営む会社であり、原告が昭和五六年五月に被告に雇用されたこと及び原告が左官工、タイル工等の資格を有していたことは認める。

2  請求原因2の事実のうち、二階の床から七段目(高さ二・七三メートル)の胴縁に板を渡して、その板の上に乗り、下から九段目の胴縁を打ちつけていた事実は否認するが、その余の事実は認める。

3  請求原因3の事実のうち、前記倉庫の高さが三六四センチメートルであることは認めるが、原告が被告に請求原因3記載の設備資材の調達を要求していたにも拘わらず被告は何らの措置も講ぜず前記作業を命じたため本件事故が発生したとの点は否認し、その余の主張は争う。

4  請求原因4の事実は知らない。

5  請求原因5の事実のうち、原告が一八九万〇六七二円及び一九八万六五八四円の労災保険金を受領していることは認めるが、その余は不知ないし争う。

三  被告の反論及び抗弁

本件改装工事において、被告は、その作業手順・作業工程並びにその工事に要する足場等の道具、資材及び設備の選択を原告に一切委せていたところ、原告自身が、右工事に使用する胴縁を材木屋で適宜選択して購入したほか、自らの判断によつて重くて幅の狭い松の敷居材を胴縁に渡して足場板として利用したものであるが、被告においては、当時、高さ約一八〇センチメートルの脚立二台を保有していたのであるから、原告がこれを利用すれば、より安全な作業方法を採りえたにも拘わらず、原告が右脚立を使用せず、大きな節のある折れ易い胴縁に足場板を渡してその上で釘打ち作業を行なつたのみならず作業を補助した井口及び原田が胴縁に板を渡してその上に乗つて工事をするのは危険であると原告に対し注意したにも拘わらず、その忠告を無視し本件作業を行つたもので、タイル・左官の資格の他指導員の資格を有する原告としては、事故の結果発生を回避しうるだけの知識を有し、かつ、これが可能な立場にあつたのであるから被告には安全配慮義務の不履行がないというべきであるが、然らずとしても原告に重大な過失があるから、九割の過失相殺がなされるべきである。

四  被告の反論及び抗弁に対する認否

本件改装工事において、被告がその作業手順・作業工程並びにその工事に要する足場等の道具、資材及び設備の選択を原告に一切委せていたこと、工事に使用する胴縁も原告自身が材木屋で適宜選択して購入したこと、敷居材を胴縁に渡して足場板として利用したこと、被告が当時高さ約一八〇センチメートルの脚立二台を保有していたこと、胴縁に足場板を渡してその上で釘打ち作業を行なつたこと、原告がタイル・左官の資格の他指導員の資格を有していたことは認めるが、その余の事実は否認し、その主張は争う。

なお、仮に原告に過失が認められるとしても、労災保険は、故意又は重過失等一定の場合を除いて被災労働者に全面的な過失があつても、給付されるものであり、被災労働者の補償をできる限り完全にしてその生活を保護しようとする趣旨によるものであるから、原告の受給した保険金は過失相殺をする前の損害額から控除すべきである。

第三  証拠関係<省略>

理由

一請求原因1(当事者)の事実のうち、被告が葬祭業を営む会社であり、原告が昭和五六年五月に被告に雇用されたこと及び原告が左官工、タイル工等の資格を有することは当事者間に争いがなく原告が被告に葬祭業務に携わる約束で雇用されたが、主として倉庫の建築及び祭壇の修理等の大工職の仕事を命ぜられこれに従事していたことについては、被告が明らかに争わないからこれを自白したものとみなすべきである。

二請求原因2(事故の発生)の事実のうち、原告がその主張の日時ころ被告の事業本部のある品川区豊町四丁目三番一七号所在の社屋二階を「茶」の貯蔵のための倉庫に改装する工事をしていたところ、足場の板を乗せていた胴縁が折れて足場板と共に二階の床に落下したことは当事者間に争いがない。

そこで、右事故の発生の具体的態様について判断する。

<証拠>を総合し、前記当事者間に争いない事実に鑑みると、原告は、昭和五七年七月二八日午後五時すぎごろ、右改装のため、松富材木店から原告自ら購入した材木によつて、間柱を立て、横に渡す胴縁を釘で打ちつけていく作業をしていたが、二階の床上約二二五センチメートルの位置に打ちつけてあつた下から五段目の米杉の細い胴縁の上に被告社屋一階に置いてあつた敷居材を間柱寄りに渡し、これを足場板としてその上に乗り、下から七段目(床上約三一八・五センチメートル)及び八段目(床上約三六四センチメートル)の胴縁を間柱に打ちつけようとしていた際、右足場板を乗せていた胴縁が折れたため、胴縁の打ちつけと右足場板に乗るために置いてあつた脚立にぶつかり二階の床に落ちたことが認められる。

右認定の点について、原告本人は、右足場板を下から六段目の胴縁(床上約二七三センチメートル)の上に渡し、これに乗つて作業中、右六段目の胴縁が折れ、更にその下の五段目の胴縁も折つて落下した旨供述するが、右供述部分は、<証拠>によつて認められる次の事実、即ち右六段目の胴縁と七段目の胴縁は約四五・五センチメートルの間隔しかなく、六段目の胴縁に足場板を乗せ、その上に乗つて七段目の胴縁に釘を打つためには、極端に前かがみの姿勢にならなければならず、作業姿勢として不自然であること、原告の長男である工藤啓治が昭和五七年一一月ころ本件事故現場の写真を撮影したが、右事故現場はほぼ事故当時のままに放置されていたうえ、右写真撮影にあたり、原告自身も本件事故現場に同行しているにもかかわらず五段目の胴縁の折れた写真しか撮影されていないこと、などの事実に照らしてたやすく措信することができず、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

三次に被告の責任原因の存否について判断する。

1  本件倉庫の高さが三六四センチメートルであること、本件改装工事において、被告はその作業手順・作業工程並びにその工事に要する足場等の道具、資材及び設備の選択を原告に一切委せていたこと、工事に使用する胴縁は原告自身が材木屋で適宜選択して購入したこと、原告の判断によつて敷居材を胴縁に渡して足場板として利用したこと、被告が高さ約一八〇センチメートルの脚立二台を保有していたこと及び胴縁に足場板を渡してその上で釘打ち作業を行なつたことは、いずれも当事者間に争いがない。

そして、<証拠>並びに前記認定の事実を総合すると以下の事実が認められる。

原告は、大工職の経験はないが、被告会社に入社後被告会社において祭壇を入れる棚や箱の修理とか、道具を入れる箱等を造つたり、倉庫を二ケ所ほど造つたことがあつたことから、被告会社の渡辺部長から昭和五七年の六、七月頃、社屋二階を茶の貯蔵のための倉庫に改装する工事を依頼された。そして、その際、原告は被告の代表者から右倉庫はかつて原告が同社屋二階に造つた倉庫より棚を一段多くしたうえ、茶箱の出し入れに便利なようにできるだけ髙いものにしてほしい旨要望された。しかし右倉庫の具体的作り方、作業手順及び材料購入については、渡辺部長からも社長からも特に指示はなく、原告に委された。そこで、原告は、松富材木店から三八〇センチメートル前後の材木等を購入し、右材木を最大限に活用してかつて造つた倉庫よりも一メートル程高い倉庫に改装することにした。

もともと原告は、単なる葬儀の作業員として雇用されたものであるが、かつて倉庫を造つたことがあつたため、倉庫に改装するについては、一緒に作業した井口及び原田よりいくらか経験はあつたが、大工作業につき特別の手当をうけたことはなかつた。

右の改装作業は、間柱を立て、横に胴縁を打ちつけたうえ、ベニヤ板をはつて、保温材を入れるのであつたが、原告は、床から六段目の胴縁(床上約二七三センチメートル)までは床に立つたままか又は高さ約一八〇センチメートルの脚立の上に乗つて釘打ちをしていつた。しかし、それより高い個所の胴縁の釘打ち作業については、手近にあつた右脚立一台では、身長一六〇センチメートル強の原告には、作業自体不可能か、そうでなくとも非常に危険なものであつたし、右脚立を延ばして梯子として胴縁に寄り掛けて、その上に乗つて釘打ちをすることも、不安定で、適当な方法ではなかつたが、原告は、もう一台の高い脚立を探すことなく、また、あらたに高い脚立を自ら購入したり、上司に購入を依頼することもなく、胴縁に足場板を渡してその上に乗つて胴縁の釘打ち作業をする方法を思いついた。しかし、会社には足場板専用の板がなかつたため、原告は、社屋一階にあつた幅約一二センチメートルの敷居材を、足場板として利用したのであつた。

原告が倉庫の改装作業にあたつていた社屋の二階は、社長室の斜向いにあつたため、被告の代表者は、毎日原告の作業を見ていたが、作業前のみならず作業過程においても、自らあるいは部長、課長を通じて原告に対し高所作業における安全措置等について、何ら配慮することなく、原告に委せきりにしていた。

原告本人は、渡辺部長に対し、本件倉庫への改装作業には九尺の脚立が四脚が必要であるし、足場板もないから、これらの道具類を備えてほしい旨の要求をなし、もしこれらが備わらなければ断ると申し向けたが、社長からぜひやつてほしいと懇請されたためやむなく引き受けることにした旨供述している。しかし、原告は、六段目の胴縁の釘打ち作業は脚立一台によつてしていることは前認定のとおりであり、また、<証拠>を総合すると、渡辺部長から社屋二階を倉庫に改装するようにとの依頼をうけた際には、倉庫をかつて原告が造つた倉庫より高いものにする旨の話はでていないし、会社では従業員が業務の遂行上必要な物品を購入するについて特に制限をしておらず、従業員がほぼ自由に必要な用具等を購入したり使用したりすることを認めていたこと、更に、原告は、本件工事に際し、会社の費用で電動鋸等一万七五〇〇円相当の道具を自ら買いに行つているが、その際脚立を追加購入することができないような特段の事情がなかつたことが認められることなどの事情に対比すると、右供述はいかにも不自然であつて、たやすく採用することができない。なお、被告代表者は、会社には九尺以上の脚立もあつたから、原告としてはこれを自由に使用することができた筈である旨供述するが、右供述は、<証拠>に照らし、にわかに信用することはできない。

以上の事実を認めることができ、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

2 ところで、使用者は、雇用契約に付随する信義則上の義務として、労働者に対し、労務提供の過程において労働者の生命及び健康等が損われる危険から保護するよう配慮すべき義務を負つているものというべきものであり、使用者が右義務に違背し、労働者に損害を与えたときには、使用者はその損害を賠償すべき義務を負うものと解するのが相当である。

これを本件についてみるに、被告は、本来の大工職人ではない原告に対し床上三六四センチメートルもの高さのある倉庫に改装する作業を命じたのであるから、事前に自らあるいは部長、課長を通じその作業方法、特に高所作業をする際の事故防止措置は充分であるか、その作業に必要な設備、器具及び資材は充分整つているか等を検討し、それらが充分でないときは、その作業に必要な資材等を購入するなどを指示するのみならず、作業の過程でも原告が危険な作業方法をしているときはその方法を改めるなどの指揮監督をし、もつて転落、負傷等の危険を防止するよう万全を尽すべき義務があるものというべきである。

しかるに、前認定の事実によれば、被告代表者は、原告がタイル工等の資格があつて、多少器用なところがあるところから漫然と原告に対し倉庫に改装する作業を命じたうえ、その作業手順、作業方法等のすべてを委せ事前に自らあるいは部長、課長を通じてその作業に必要な設備、器具及び資材等が整つているかどうかについて何ら検討することなく、また、原告が作業を開始するにあたつても、原告との間でどのような脚立を何台どのように使用するか、足場板を使用するのが適当かどうか等について事前の打合せやチェックをしなかつたのみならず、被告代表者は、日々身近に原告の右作業状況や進行状況をみてこれらを十分認識していたのにかかわらず、原告が安全な方法で作業を行つているかどうかを確かめもせず、漫然と作業を原告に任せていたことが明らかであるから、被告には右安全配慮義務の違背があるというべく、被告は、これによつて原告が被つた損害を賠償すべき責任があるものといわざるをえない。

この点に関し、被告は、原告に対し社屋二階を倉庫に改装するよう命じたが、その作業手順、作業工程及びその工事に必要な足場等の道具、資材、設備の使用、調達等を一切委したもので、原告の自らの判断と責任においてこれを遂行すべきものであつたから、その作業過程において原告のミスにより生じた事故については被告に安全配慮義務違反の責任を問われるいわれはない旨主張する。しかしながら、安全配慮の見地からすれば、そもそも右のような危険を伴う作業を一従業員の判断と責任において遂行するよう委せ切りにすること自体問題があるのみならず、労働者に対する安全配慮義務は使用者に課せられた義務であつて、この義務は一従業員にある特定の作業を命じそれを委せ切りにした場合であつても、そのことのゆえをもつて免れうるものではないと解すべきであるから、被告の右主張は失当であつて到底採用することができない。

四被告の過失相殺の抗弁について判断する。

先ず、原告が足場板を渡した箇所は特に大きな節のある折れ易い胴縁の上であり、しかも右胴縁を打ちつけた釘が極端に小さかつたとか、あるいは原告の作業を補助した井口及び原田が原告に対し胴縁に板を渡しその上に乗つて作業するのは危険であると注意したとかの事実を認めるに足りる証拠はなく、また、原告がことさら重い松の古材を足場板として使用し、それが原告の落ちた直後の現場において、落ちたような形で壁に寄りかかつていた旨の被告代表者の供述は、<証拠>に照らしてにわかに採用することはできない。

前記三の1で認定の事実によれば、原告は、本件作業をするについては、手近に専用の足場板がなかつたが、通常の足場板より幅の狭い不安定な敷居材を足場板として使用したのみならず、それを渡す土台にするため高い脚立を探そうとせず、また高い脚立を自ら購入したり上司に購入を依頼することもなく、既に壁に打ちつけた細い胴縁の上に足場板を渡しその上に乗つて胴縁の釘打ちをするという危険な作業を行つたものというべきであるから、原告にも本件作業をするにあたつて少なからず不注意があつたと評価されることは否定できず、本件では、原告の右過失を斟酌し、被告の賠償すべき損害額を算定するにあたり五〇パーセントの過失相殺をするのを相当と認める。

五原告の本件事故における傷害と治療の経過について判断する。

<証拠>を総合すれば、原告は、本件事故により、第一腰椎圧迫骨折、胸部挫傷の傷害を負い、昭和五七年七月二八日から同月三〇日まで北里研究所附属病院に入院したほか、同日から同年一〇月二六日まで金町中央病院に入院し、その後昭和五八年九月二日まで同病院に通院(内治療実日数六六日)してそれぞれ治療をうけたが治癒せず、同日第一腰椎の扁平化等の後遺症を残したまま症状が固定したため、長く正座ができず体幹前屈で疼痛がある等の状況にあること、右障害は、品川労働基準監督署長により、労働者災害補償保険法施行規則一四条一項別表第一障害等級第一一級五号に該当する旨認定されていることが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

六進んで、原告の損害について判断する。

1  通院交通費

<証拠>によれば、原告は、金町中央病院に六六回程度通院したことが認められるが、その通院に使用した交通機関、通院経路ないしそのために支出した費用の額を確定するに足る証拠はない。

2  休業損害 二六七万三三四〇円

<証拠>を総合すると、原告は、本件事故により昭和五七年七月二八日から昭和五八年七月二七日まで(但し、昭和五八年五月に四日間勤務する)の三五七日間休業したこと、原告は、本件事故当時、一日平均六六二〇円(一円未満切捨て)の給与並びに毎年七月及び一二月に各一八万円の賞与の支給を受けていたが、前記休業のため、昭和五七年八月一日から昭和五八年七月二八日まで前記の稼働した四日間の分を除く給与の支給を受けられず、また、昭和五七年一二月の賞与が五万円に減額されたうえ、昭和五八年七月の賞与の支給を全く受けることができなかつたことが認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない(なお、右休業期間中昇給があつたと認めるに足る証拠はない。)。

右の事実によれば、原告は、本件事故により、二六七万三三四〇円の休業損害を被つたものというべきである。

3  逸失利益 五七六万三三七六円

<証拠>によれば、原告は、昭和六年二月一一日生れで前記症状固定時満五二歳であつたことが認められるから、原告は、本件事故により受傷しなければ、満五二歳から六七歳までの一五年間正常に稼働することができ、この間前記収入額と同額の収入を得られたはずであるところ、原告の前記後遺障害の内容・程度に照らすと、原告は、右後遺障害によりその労働能力を二〇パーセント喪失したものと認めるのが相当であるから、前記認定の収入額(年額)を基礎として、ライプニッツ式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して原告の逸失利益の現価を算定すると、次の計算式のとおり、その合計額は五七六万三三七六円(一円未満切り捨て)となる。

(6,620×365+180,000×2)×0.2×10.3796=5,763,376

4  慰謝料 四二〇万円

前記認定にかかる原告の傷害の内容・程度、入通院の日数、治療の経過及び後遺障害の内容・程度等の事情を考慮すると、原告が右傷害及び後遺障害によつて被つた精神的・肉体的苦痛に対する慰謝料としては四二〇万円を相当と認める。

5  過失相殺

原告の以上の損害額の合計は一二六三万六七一六円になるところ、本件では、原告の過失を斟酌して五〇パーセントの過失相殺をするのが相当であることは前示のとおりであるから、右損害額から五〇パーセントを減額すると、その残額は六三一万八三五八円となる。

6  損害の填補

原告が労災保険から合計三八七万七二五六円の保険金の支給を受けていることは、当事者間に争いがないところ、右保険金は原告の損害(慰藉料を除く)の填補として支給されたものと解するのが相当であるから、これを過失相殺後の慰藉料を除く損害額から控除すると、結局原告の損害金は計算上二四四万一一〇二円となる。

七以上によれば、原告の被告に対する本訴請求は、本件事故に基づく損害賠償として、二四四万一一〇二円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和五九年三月一七日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから、右限度でこれを認容するが、その余は理由がないからこれを失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条本文を、仮執行の宣言につき同法第一九六条一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官塩崎 勤 裁判官小林和明 裁判官比佐和枝)

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